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ボアズカレ

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ボアズカレ

ライオンの顔のある石の門 ボアズカレ(Bogazkale)はトルコの首都、アンカラから東へ約160Kmのところにある小さな村で、ボアズカレとは '峡谷の城’という意味で、現在は世界遺産に登録されたハットゥシャシュ(Hattusas)や、ヤズルカヤ(Yazilikkaya)、アラジャホユックの3つの遺跡を訪れる基点の村です。

村の南東にはボアズカレ博物館(Bogazkale Museum)がありますが、遺跡からの出土品の多くはアンカラにあるアナトリア文明博物館で展示されています。

ハットゥシャシュ遺跡

 ボアズカレのすぐ南で1906年、ドイツの考古学者フーゴー・ウィンクラーによって発掘された遺跡です。

ハットゥシャシュ(Hattusas)は、紀元前20~15世紀頃、アナトリア半島に移住してきたヒッタイト語を話す民族が築いたヒッタイト帝国の首都でした。

ハットゥシャシュ遺跡の地図
ハットゥシャシュ遺跡の全景

 都は城壁で囲まれ、初期に建設された下市と紀元前14世紀ごろに建設された上市に分かれています。

 ヒッタイト人は、馬や兵車を使い又、最初の鉄器文化を築いたとされる人々で、その高度な製鉄技術によってメソポタミアを征服しました。

ライオンの顔の付いた棺

長く繁栄したヒッタイト帝国も、紀元前12世紀頃に西からやってきた海洋民族によって滅ぼされましたが、一部のヒッタイト人は現在のシリア方面へ逃れ、新ヒッタイトを築きました。

しかし、その国家も紀元前717年には新アッシリアによって滅ぼされ、ここにヒッタイト時代の終わりをむかえました。

ヤズルカヤ

トゥドハリャ4世の石の彫刻

ヤズルカヤ(Yazilikkaya)は、'碑文のある岩’ という意味でハットゥシャシュの北東約2Kmにあるヒッタイト帝国ハットゥシャシュの聖地です。

トゥドハリャ4世(紀元前1250年~紀元前1220年)は祭儀改革を行なった王で、王の彫刻や12神を彫った岩があります。

又、ヒッタイト帝国の最後の王シュツピルリウマ2世(紀元前1215年~紀元前1200年)の彫刻も残されています。

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